兼六園について

兼六園について

兼六園(けんろくえん)は、石川県金沢市にある日本庭園。広さ約3万坪、江戸時代を代表する池泉回遊式庭園としてその特徴をよく残している。国の特別名勝に指定されている。岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで、日本三名園の一つに数えられる。

金沢市の中心部に位置し、旧百間堀を道路とした百間堀通り(百万石通り)を橋で渡ったところの石川門から、金沢城を復元中の金沢城公園へと続いている。

江戸時代、加賀藩の庭園として造られたことに端を発する。延宝4年(1676年)に五代藩主前田綱紀が「蓮池亭(れんちてい)」を造り、その庭を「蓮池庭(れんちてい)」と呼んだのが始まりとされている。これは、蓮池門(れんちもん)を入った辺りであり、現在7つある門の中で、正門とされている。当時は、金沢城の外郭として城に属していた。

13代藩主前田斉泰は天保8年(1837年)霞ヶ池を堀り広げて増庭させ、現在のものにほぼ近い形にしたとされる。「兼六園」の名称が定められたのもこの頃である。

名称は宋代の詩人・李格非の『洛陽名園記』に由来する。「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園」との意味で、当時の老中松平定信が命名したとされている。とくに、小立野台地の先端部に位置していることから、園内に自然の高低差がある。これによって、園路を登りつめていく際の幽邃な雰囲気と、高台にある霞ヶ池周辺の宏大さ、眼下の城下町の眺望を両立させているといえる。平地の日本庭園では、人工的な築山でしか高低差を表現できないことであり、この点では特筆に値する。

また、春夏秋冬それぞれに趣が深く、季節ごとに様々な表情を見せるが、特に雪に備えて行われる雪吊は冬の風物詩として情緒を添える。霞ヶ池を渡る石橋を琴に見立てて徽軫(ことじ)をなぞらえた徽軫灯籠(ことじとうろう)は、兼六園を代表する景観となっている。

また、園内の噴水は、日本に現存する最も古い噴水であるといわれる。これより高い位置にある園内の水源、霞ヶ池から石管で水を引き、水位の高低差だけを利用して、水を噴き上げさせている。そのため、水が噴き上がる最高点は、ちょうど霞が池の水面の高さに相当する。ポンプなどの動力は一切用いておらず、位置エネルギーのみを利用したものである。

園の東南側には、13代藩主前田斉泰が母親である眞龍院の隠居所として建てられた成巽閣が現存する。なお、金沢の地名は園内にある湧き水「金城霊沢」(きんじょうれいたく)を由来としている。